私の腕時計は人生のパートナー

腕時計というものに対する価値観ほど千差万別なものも珍しいと思います。

時にステータスであり、単なる道具でもあり、必要ないという人すら居ます。

私にとっては欠くことのできない人生のパートナーです。

小学生の頃両親にプレゼントされた身分不相応な自動巻きカレンダー付きの三針腕時計。

あまり子どもにものを多く買い与える両親ではありませんでしたが、そのかわり買ってくれるときはいいものを、という考えだったようです。

当時流行していたデジタル時計ではなかったので、内心がっかりしたのですが、

気づけば高校受験にも大学受験にも、就職試験にも、結婚式にも、そして子どもが生まれるのを今や遅しと眺めたのもこの時計でした。

自動巻でしたので、電池の交換すら必要なく、また本来必要であろうメンテナンスもなにもしなかったのにも関わらず、私の人生の側にはいつもこの時計がありました。

小学生の腕には大きすぎたこの時計も、今では金属バンドの調整幅の目一杯外側です。

最近になり、もうこれは一生ものだとメンテナンスに出しました。交換の必要があるにもかかわらず欠品だったゼンマイを現代のものを流用し解決してくれた職人さんは、家から歩いて行ける場所にあった時計屋さんの職人のおじいさんでした。

もしかしたら何軒ものお店でメンテナンスを断られたかもしれないのに、一番近所の時計屋さんでそれをしてもらえたというのも運命でしょうか。

機械ですからいつかは修理できなくなる日も来るでしょう。

でも、それまでずっと私と一緒に人生の時を刻んでいってもらいたいと、切に願うばかりです。